失われた物語 −時の鍵− 《前編》【小説】




「俺はあの日まで…ずっと届かない

夢だって思ってた」

「あの日…って?」

「お前に…告白された日」

兄は目を閉じてあの時を反芻して

いるかのようだった

「ずっと…独りで良いって思って

いた…あいつが死ぬまでただ弄ばれ

て…本当に欲しいものはもう諦めて

しまおうって」

兄はそっと僕を抱き寄せた

「お前に愛されたことを知って…俺

は気が狂うんじゃないかって思った

歓びと罪とで引き裂かれてしまいそ

うで…」

「やめようって…思ってたの?」

「うん…そうだよ…お前が拒まない

のが俺には不思議で…怖くて」

僕を抱く兄の指に少し力が籠った

「だって僕は…大好きだったから」

「俺は親父の行為が…苦痛だったよ

言葉には出来ないけど…小さい頃も

違和感が快感と同居してて…」

兄の身体が少し身震いした

「あぁ…思い出したく…ないな」

兄は辛そうに顔をそむけた

「だから…お前に受け入れられてる

なんて思いもしなかった…」

「僕も怖いくらいだった…どんどん

好きになっちゃって…抱かれたら

たまらなく幸せで…」

「信じられなかったよ…お前に想わ

れているなんて」

兄はフッと笑った

「こんなに融け合ったら…他のもの

なんて…本当に虚しい…ただ…」

「ただ…?」

「研究中の観察実験で俺は宇宙を

見た」







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