失われた物語 −時の鍵− 《前編》【小説】
兄は少し遠い目をした
「あれは一体なんだったんだろうな
空を見てた訳じゃない…電子顕微鏡
で金属の表面を観察してた…原子の
規則正しい配列を見ていたら…その
原子の中にすべて宇宙があるって
思ったんだ…いやわかった…んだ
理由もなく…唐突にわかった…その
宇宙の中に自分もいて…この身体の
中の原子にも同じ宇宙があって…そ
の中にも自分がいて…そうしたら
宇宙が俺で俺が宇宙で…精密で
狂いのない美しい宇宙と俺が融合し
たような感覚が一瞬あって…しばら
く俺は口もきけなかった」
あの時兄が話してくれた話しだった
宇宙は美しい
完璧で正確だってことを
「あの感覚はお前を抱くときに感じ
る…最近特にね…罪の意識があると
それは消えるけど」
兄は微笑んで言った
「だから…融けちゃえよ…みんなと
音楽の中なら出来る…きっと」
兄は楽しそうに笑った
「でも成果はそれだけだ…後にも
先にもそれだけ…虚しさは大抵の
ものじゃ埋まらない…融け合うこと
を知ったあとなら…なおさらだ」
「んっ…」
兄がいきなり足を絡ませてくる
それだけでたまらない気持ちになる
「お前なら…ギター弾きながらイく
かもな」
「それは…困るかな」
今日の練習のこと思い出した
もうかいま見たのかな
「でも…否定はしない」
「分かるだろ…お前なら」
「ん…」
そう…あのクリスマスも
そうだった
「理由はないんだ…でも…わかって
しまう…」
「そう…そうだ」
深くて熱いキス
「あ…」
思わず声が漏れる
「離さない」
兄の言葉で全身が痺れた