始まりの音-絶対温度-
…前、通るに通れないなー。
空気が微妙すぎる。遠回りだけど、反対側から帰るか、と俺が背中を向けた時、コツコツとペンの音だけが響いていて、委員長は黙々とプリントを仕上げると、不意に、その顔を上げた。
「…で?写すの?写さないの?」
その淡々とした声が、ヤレヤレと言った様に向けられる。
祥子ちゃんは、それを合図にベソをかいた子供のように委員長さんを見上げた。
「…写す。てゆーか、…これも教えて」
「はいはい。どこが分からないんだっけ?」
「…全部っつってるじゃんか」
「じゃあ教えさせても宜しいですかお姫様」
委員長はニッコリ笑って祥子ちゃんを見つめる。その眼鏡越しの笑顔に祥子ちゃんが視線をとられたのは空気だけで容易に分かる。
「…誰に向かっていってんのよ」
「あなたしかいないでしょ。いい加減機嫌直しなさい」
突き放すような口調の委員長に、祥子ちゃんはまた口を閉ざすけど、それでも頬を染めながら、壁にもたれていた背を委員長に向き合って、無言でそれから続く彼女の公式を聞いていた。