キスフレンド【完】
「あの人、露骨にお前のこと狙ってるな」


海斗がそう言うのも無理はない。


美波さんは俺ばかりひいきする。


それで同時期に入ったバイト仲間からちょっとした反感を買ったこともあって。


それに……――。


チラッと横目に田中さんに視線を移すと、俺と目が合った途端、田中さんは慌てて目を反らした。



『いつもお疲れ様。この会社はバイトさん抜きには成立しないんだよ』


俺たちバイトにもよくしてくれる田中さん。


30代半ばで、誰に対しても優しい。


その柔らかい人柄が顔にまで表れているようだった。


小耳に挟んだ噂では、美波さんと最近まで付き合っていたとか……――。



「無視するわけにはいかないし、適当にやり過ごすよ」


「お前、それ得意だもんな」


「まぁね」


「でも、あんまり期待もたせるようなことすんなよ」


「そんなことしないよ」


俺は海斗に『お疲れ』と声をかけると、事務所を出て、美波さんのもとへ向かった。
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