求愛
「乃愛んち先で。」


と、言うだけで伝わったりもする。


あたしは疲れた体をシートに沈め、彼女の横顔を見た。



「ねぇ、最近“先生”とはどう?」


「あー、何も変わんないけどねぇ。」


乃愛は困ったように笑った。


少し前に一度だけプリクラを見せてもらったけれど、28歳の普通の男といった風。


確かにちょっといたずらに笑ってる顔が可愛くて、これなら塾の生徒にも人気だろうな、というような感じだ。


こんなんで結婚して子供までいるなんて、罪な男だけれど。



「あの人って誠実だから、あたしの存在の所為で苦しめてんじゃないかなぁ、って思ったりもするんだけどさ。」


不倫で追う傷を、あたしは慰めてあげることなんて出来ない。


誰かを裏切ってまで続ける関係で痛みに報われるのは、当然のことだから。


けれど、乃愛を全否定することだって出来なかった。



「今日、直人と梢を見て、あたしって最低なのかも、って。」


「今更言う?」


「ははっ、だよねぇ。」


力なく乃愛は笑った。


寂しがりな彼女なのに、それに耐えてまで会う相手が妻子持ちだということは、悲しい話だけれど。


乃愛だってきっと、ずっとこのままではダメなんだと思いながらも、好きだからこそ関係を断てないんだと思う。



「あたしの気持ちは、直人とは違って、一生報われたりなんかしないのにね。」

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