風に揺蕩う物語
シャロンは頭を下げた状態のまま、言葉を続ける。

「イクセンの民は長年国王の悪政に耐え、身も心も疲弊しております。どうかエストール王国の寛大なるご慈悲の元、民が安住出来る治水と食糧のご助力を賜りたく存じます」

「心得ました。私が責任を持ってランディス国王陛下に進言致しましょう」

何と大義なお心をお持ちの子供なのだろうかとディオスは感動すら覚えた。

この小さな体で、イクセンの民を憐れみ、全てを背負おうとしているのだ。

いつの間にか背筋を伸ばし、騎士の敬礼を返しながらシャロンの言葉を聞いていたディオスは、この文官執務室に人が入ってくる気配を感じ、後ろを振り返る。

そこにはギルバートが居り、厳しい表情のままディオスの横に来る。

「大したものだな。イクセンの国王がこのシャロンの様な慈悲を少しでも持っていれば、この様な悲劇は起きなかったものを…」

まさにその通りだ。シャロンの様に優しい気持ちを少しでも持っていれば…。

「ディオス殿。わしはこのままイクセンに残り指揮をとる。お主は一度エストール城に戻り、陛下に事の顛末のご報告をしてきてもらいたい」

「ギルバート殿…承知致しました」

陛下に戦の報告をするのは本来ならギルバートの仕事で、イクセンに残るのはディオスの仕事だった。おそらくギルバートは先ほどのシャロンとの会話を聞いていたのだ。

シャロンの切なる思いを陛下に進言する機会を与えてくれた。ディオスはそれを察し、静かにギルバートの好意を受け入れた。

そうしてイクセンとの戦は終息を迎える運びとなる。今回の戦の引き金だったイクセンの国王は、イクセンの国民の前で後日処刑された。

他の王族も同罪なのだが、ランディス陛下の寛大なるご慈悲の元、幽閉される事が決定したのだった。

その時の子供が今はこれほどの美貌を携え、ディオスの御子息であるヒューゴの傍らでまた再会する事が出来た。

ギルバートは年甲斐もなく涙が出そうになる感覚を必死に耐え、誤魔化す様に豪快に笑ってみせると、シャロンやヒューゴを驚かせる。
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