駆け抜けた少女ー二幕ー【完】
「え………」
唇からほんの数ミリ離れた場所に柔らかい温もりを感じ、矢央の瞳はパチパチと二、三度瞬きをする。
「…これくらい許してもらえますか?」
「え? え?」
きっと口付けの経験はないだろうからと、沖田は苦笑い気味に首を傾げた。
困らせたいわけではなかったのに、何故だろうか。
矢央の心を、ほんの一瞬だけでもいい沖田総司一色にしてみたいと思った。
「矢央さん…、今の告白も口付けも嫌でしたら忘れて下さい。 けれど、矢央さんの芽生え始めた感情は、決して忘れようとしてはいけない」
「沖田さん…」
立ち上がった沖田は、見上げてくる矢央の頭をくしゃりと撫でながら、そういえば彼は矢央の頭を撫でる癖があったなと笑みを深めた。
まだ矢央自身が曖昧な感情だったが、この時代に来てしまった悲運の中、何か一つくらい幸せを感じてほしい。
女性としての幸せくらい―――。
「それじゃあ、身体に障りますから部屋にお入り。 ゆっくり寝るんですよ」
矢央の身体を支えるのを忘れず立ち上がらせた沖田は、何か言いたげな矢央に笑顔で制し部屋へと押し込んだ。
ピシャリと閉ざした障子に背を向けて、明るい月を見上げる。
.