駆け抜けた少女ー二幕ー【完】
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十二月十九日。
早朝の稽古を済まし朝餉の時、土方に後で話があると声を掛けられた。
小姓の役目がなくなった矢央にとって、土方に呼び出しされるのは叱られることくらいしか思いつかない。
何をしでかしたのかと腕を組み考えてみるが、
「んー?なにしたっけ?」
「最近お前を叱るのが土方さんの息抜きになってるらしいじゃねえか?」
最近は伏見奉行所に寝泊まりしている原田が、ほうれん草のお浸しを食べながら言う。
「私はストレス溜まりますけどー」
「…すとれす、とは?」
焼き魚の身を解していた斉藤の手が止まり、ゆっくりと首を傾げていく。
そうかストレスもこの時代では通じないのか。
「えっと…気持ち、心が疲れちゃうって感じのことですかね?」
「…では間島は疲れているのか?」
「え?いや…そういうわけじゃないですけど」
お膳の上に苦手な煮物を見付け、斉藤に苦笑いを見せながらさり気なく隣の永倉の皿にポイッと入れる。
「でも理由なく怒られると疲れちゃいますよ。ほんと今度はなんだろう?」
「理由があれば大丈夫なんだな?」
「はい?」
永倉はもぐもぐと口を動かしながら、先程矢央が入れたせいで増えている煮物を見ていた。
そしてそれを箸で摘み、げっ、と顔を歪ませた矢央の顎辺りをグッと押さえ口を開かせると、ポイッと口の中に放り込む。
「ぅぐっ!?」
「食え。残すな。好き嫌いするな」
「んんんんんんっ!!」
吐き出すことはしないが、そうさせないために口を掌が押さえている。
涙を浮かべ抗議の視線を送りながら必死に飲み込んだ。
「っはあ、はあ…。なにするんですかっ?」
「もともとお前のだろ」
「だからって無理矢理食べさせないでくださいよ!?」
「好き嫌いするからだろ」
「だって嫌いなんだもんっ」
「だーかーらー、好き嫌いすんなっての。なんでも沢山食わねえから成長しねえんだろ」
ニヤリと笑った視線は矢央の胸元に集まる。
永倉だけではなく、何故か原田や斉藤までもだ。
「ッッ!これはサラシを巻いてるからでっ、と、取ればそれなりにですね…」
あるはず…と、最後辺りの言葉は小さすぎて聞こえなかった。