門限9時の領収書

現実逃避は嫌いだ。
時間が勿体ないから。

大切な宝物を廃棄物として捨てるようなものだから。

好きな人が居るなら、しっかり両目で姿を追いたいから。


いつの日か、結衣が他の人を好きになる未来なんて想像できないでいる。


だから洋平は迂闊によそ見ができない。

地上に居る天使に目を向けるのみ、周りを見渡す余裕なんかなくて、今の感情を保存することに必死なだけ。


 ……。

  、かのじょ。かれし。

「だってさー……手繋いじゃったらさ、そしたら今の関係とかさ、この悩みさえなくなる訳よ。

今の淡さって贅沢だろう? 貴重じゃん、せかせか済ませたら そのありがたみなくなっちゃうかなとか」


馬鹿な悩みをお花畑の国で翻訳すると、幸せな悩みだということを洋平は重々分かっている。

世間で言うなら、ひょんなこともない人物は、なかなかアイドルとは付き合えないから あれこれ楽しい訳で……


つまり、彼女の手さえ握れない自分だからこそ、

一度味わってしまうと、今のこんな幸せを忘れて慣れてしまうから……


砕けたノリの割にシビアな内容をグズグズ語る洋平に対して、

反応を見せないぽんやり顔の雅。


 …………。

彼の視線を辿ると、夕日の消えた夜空にはキラキラとビジューを散りばめた星がたくさん飾られていた。

夜の空は誰のもの?


  、……綺麗

ロマンチストではないせいか、洋平は普段なかなか空を見上げないので、

久しぶりの絶景を前にしばらくの間 見惚れてしまっている。

キラキラ、ラメパウダーを叩いたような好きな子。


星屑の前には友人の姿。
暗闇に飲み込まれる瞳。

子供の頃は明かりがないと怖く、眠る時に電気を消すなんて考えられなかったのに、

一体いつから眩しいと寝られなくなり暗がりを好むようになったのだろうか。

一人で歯磨き、一人でお風呂、一人で公園、一人で着替え、一人で起床――いつから親の手を完璧に離れたのだろうか。
まだ子供の自分には判断しかねる。

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