門限9時の領収書


 ……、?

何か違和感があり、洋平はポッケから異物を摘み出した。

小さな六角形でオレンジ色をした輝く塊。

結衣は笑う、「ウケる、手品、ゲントーサイ」と。

現実の世界に居る可愛いお姫様。
スタンダードな王子様なら、きっと――……そして自分は偽者だから大丈夫。


手力についてどうたらこうたら半笑いでお喋りを続ける結衣の右側の顔。

手先が器用なのかマスカラを上手に伸ばしているまつ毛が長くて、少し低い鼻が可愛い。

潤んでいる唇は相変わらずパフェのような声を出し、起承転結に質問を挟みつつ話す。


――数年前、弟のホッペにキスをしていたように、洋平は大好きな結衣のホッペに軽くキスをした。

輝く星、止まる景色、揺れるピアス、甘い幻。





――お別れの駅、二つの影。


カラオケのミュージックビデオばりに可愛らしくホッペにキスをした淡いときめきエピソードの描写はゼロ。

だって何も得をしないのにプライベートをさらけ出して頑張った洋平の意志を尊重したいじゃないか。


愛くるしい時間は彼だけのもの。
独り占めしたがる彼だけの秘密。


それに今まで散々無駄話を聞かされた方が、更にバカップルのじゃれあいに付き合わされるのはあまりに気の毒だし、

きっと洋平とは比べ者にならないくらい大人の方には、

行間に込められている(であろう)想いは伝わっているはずだ。

しいて言うなら、貰ったグロスは余韻に浸れるご褒美、そんな感じ。


好きな子は流れ星、洋平の夢を叶えてくれる。

でも消えてなくなったら困るから、あくまで喩えで……――ほら、ロマンチックなムードで聞き流せることにもフォローに入るのが洋平らしさ。


いつも目に入る世界に一日を詰め込んできた。

結衣と別れる改札口や、二人で行ったから揚げ屋さんの建物に幸せを渡したとしても、

町並みは進化するばかりで、古いお店を潰して新しいお店が増えたり、畑が消えて新しい道が出来たり、――大切な記憶を時に壊していく。


でも永遠に空だけは変わらないから、意外と眺める価値があるのかもしれない。

同じ景色は見られないが、十年後二十年後に幸せを確認できる。

だったら今日の空を瞳の底に保存しておこう。

< 210 / 214 >

この作品をシェア

pagetop