虫の影と夢の音
そうだ、あの時も蝶が飛んでいた。


それを思い出した。


「母様」
 

襖の向こうで滝に捕まった獅子が、何か言おうとしたけれど、美冬は呼びかけに答えなかった。


獅子の母は滝で良い。


今、獅子がどんな姿をしているのか想像しようにも、美冬は男の子供を見たことがなかった。


生まれた姿を見た時、小さいのだなと思ったその姿しか知らない。
 

そういうことを考えているうちに、涙がとまっていることに気づいた。


けれど、震える肩はそのままだった。
 

手のひらを見ると、まるで手首から流れる血が伝っているかのように真っ赤だった。
 

美冬の部屋の鏡は割れている。


ある日、何かの衝撃で割れた。


あれは何だっただろう。


もしかしたら入ってきた父が割ったのかもしれない。


その破片で手首に傷をつけたのが、滝崎の来た最後の日だった。
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