愛し方も知らず僕等は
CDが並ぶ棚とにらめっこをして30分が過ぎようとしている。
あの男の人は、何度も、何度も棚の整理を隣でしている。
さっきそこは整理したじゃない、という所を何度も。
そしてまた「お客様、何かお探しですか」とあの声で言うのだ。
あたしは心地良い声に少しぽーっとしながらもまたCDたちとにらめっこ。
これを何度繰り返すのだろう。

あたしの鞄の中にある何かから、振動があたしの太ももに伝わった。
携帯のバイブレータだ。マナーモードにしていなかったから、少し大きめの着信音がメールが来た事を知らせる。
メールと電話の着信音は一番大好きな歌手の一番好きな曲に設定していた。
今日はその一番大好きな歌手の新曲を買いに来たというのに、ここには無い。

「あ、その曲って」

さっきまでうんと落ち着いた声だったあの男の人が、隣で少し動揺した声を出した。
思わずあたしは男の人の顔を見る。しっかりとその男の人の顔を見るのはこれが初めてで、異性の顔をこんな近くでちゃんと見たのも久しぶりだった。
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