SIGHT
 「大ちゃん、服も着替えずに何してんの?」

 大学の仕事が終わり帰宅してきた若菜が買い物袋を両手にひっさげ、あきれた顔で見下ろしている。

なんだ、結局眠ってしまったのか。

「おかえり、久しぶりに偏頭痛がきてさっきまで死んでた。」

「ふーん、大ちゃん頭弱いもんね。」

冷蔵庫の中に買ってきた物を入れながらサラリと酷いことを言う。しかし図星だ。

 すらっとした体型で、綺麗な黒髪がおよそ背中まである彼女は若菜、旧姓、坂下若菜。
私の妻である。

 都内の大学に数学講師として勤めていて、頭脳明晰、容姿端麗。
収入も私よりずいぶん多く、そんなこともあり、私は彼女に頭が上がらない。

「野菜たくさん買ってきたから今晩鍋でいい?」


買ってきた物を冷蔵庫に入れ終えた若菜は服の袖をまくりながら言う。

「いいじゃん鍋。そういや食べるの久しぶりだな。」

「最近はお惣菜ばっかりだったもんね。分かった。すぐに用意するから待ってて。」

そう言うと先ほど収納した冷蔵庫の中から沢山の野菜を取り出し、台所はたちまち賑やかになった。

しかしあの四角い冷蔵庫の中によくあれだけの食品を入れれるものだ。

隙間も無駄もすべて省かれた冷蔵庫は見ているだけで気持ちよくなる。


今日はいろいろな事が起きてすっかり頭が混乱していたが、こんな何でもない会話が私を癒してくれた。
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