雪割草
「おい!シローさん帰るぞ!」

 ニシヤンの声にハッと我にかえり、ようやくリヤカーのハンドルを持ち上げた。

 首元に一筋の汗が流れていた。

それが疲労からくるものなのか、果たして違うものなのか、シロー自身にも判断は出来なかった。


 夕暮れが迫る帰り道。

都営のバスが何台も追い抜いていった。

中野坂上の坂道を三人でリヤカーを引きながら歩いている時も、シローは何か思い詰めているように口を閉ざしていた。

美枝子にはそれが妙に気になって仕方なかった。

家に着いてからも、シローの様子は曇っており、口数も少なかった。

「具合でも悪いの?」

 と、問い掛けてみたが、シローはかぶりを横に振るだけだった。

それでも美枝子はシローの体を心配して、まだ早い時間ではあったが、毛布を敷き床に着こうと勧めた。

 二人で横になり目を閉じていると、瞼の裏には、美枝子との新しい生活が浮かんできた。

寝付けないまま、美枝子の寝顔を見つめてみた。

その一輪の花を眺めていると、シローは何かを心に決めたらしく、トランプのケースを掴みながら外へ飛び出して行った。

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