宿題するから利用して
端的に言えば、十代思春期のお喋りはオーバーに自己陶酔してナンボのため、
十年後には青いと半笑いになろうが、今の俺たちには痛さこそ必要でむしろ大切なことだ。
だから俺が田上結衣の前で特別良いカッコしたい感情は、先程述べた点を踏まえると幼い発想にはならなくもない。
そう、一般的な高校生は好きな人に自分のフィクションを語ることで成長することが義務付けられているようなものだ。
それが当たり前、それが学生、それこそ若さが武器のすべて、従ってそれのみが美しいこと。
――――しかしどうだろう、近藤洋平は皆と真逆の行動に出る。