クロトラ!-妖刀奇譚-
1畳ほどの土間と、3畳分の座敷。天井は長身のワサビが立つと擦りそうなくらい低い。
座敷の角を4分の1を背の低い屏風が仕切っていて、たたまれた布団がそこに囲ってあった。
部屋の向こう側は障子窓になっていて、そこを開ければ小庭に出られるのだろう。
ごく普通の、貧しい長屋の風景だった。
「――ほら、ぼーっとつっ立ってねぇで、早く上がりな。
白湯くらい出すから。」
「あ、うん。」
泥だらけの地下足袋のようなものをモタモタ脱ぎ始める少女を尻目に、ワサビは再び土間に下りてかまどに火を入れる。
甕の水を汲んで薄汚れた鉄瓶を火に掛けると、少女の隣に並んで座った。
「…変わった足袋だな…」
少女がやっと脱ぎ終えた履き物は、ワサビが見たこともない形をしていた。
帆布らしき生地で出来たソレは、普通の地下足袋のように指が割れていない。
底は固そうな素材で固められていて、足の甲の部分に複雑に紐が編みこまれている。――少女はそれをほどくのに手間取ったのだ。
「へ、変かな?」
「見たことねぇ。」
しばらく履き物をにらんでいたワサビだったが、ふと少女の顔を見た。
「――別に今は顔出してもいいんじゃないか?」
「あ、そっか…まあいまさら顔くらいいいか。」
やっと蒸し暑い覆面から解放された顔は、思ったとおり14、5歳の少女の顔だった。
火照った頬に風を送る彼女に、ワサビはたずねた。
「そういやアンタ、名は?」
少女はあっ、と言うようにワサビを見返した。
「そういえばあたしだけ名無しだったよね…。
――あたし、沙市。
沙漠の沙に、市場の市で、沙市って言うの。」


