孤高の天使
「神ともあろう者が何を言うか。よもや自然界の摂理である生命の均衡を崩すつもりではないだろうな」
「いいえ。私は何もしません。ただ…かけてみたいのです、ラファエルに」
「かける?」
訝しげな表情をしたハデスに神は柔らかな笑みを浮かべて「えぇ」と口にする。
「イヴ、ラファエルを聖なる母樹へ運びましょう」
「ッまさか……いや、しかしそれは危険すぎやしないか」
「この方法しかありません」
「それはそうだが、耐えきれなければ死ぬぞ」
「どのみち、このまま何もできずにいても同じこと。ならばラファエルの生命力にかけるしかありません」
神とハデスの間で交わされる曖昧な言葉のやり取りについて行けない。
「ま、待って下さい…ラファエル様は悪魔です。聖なる母樹の聖力は悪魔にとって致命的なはずです」
聖なる母樹が枯れれば神の命が散るといわれるほどの聖力の塊にラファエルを連れて行くなど治癒どころか悪化させるに決まっている。
しかし、冷静になった神は「落ち着きなさい」と私を窘める。
透き通るような青い瞳に見つめられ、グッと押し黙ると、神は私を安心させるようにふわりと柔らかく微笑んだ。
「ラファエルは元と言えば天使。しかも大天使の中でも大きな力を持っていました」
「魔王と言えどラファエルの本質は“聖”。悪魔と言えど聖力は必要だったはずだ」
神の言葉を補うようにハデスが続けて話す。
「ラファエルが堕天した理由は貴方です、イヴ。愛する貴方を喪ったことで深い悲しみと絶望に苛まれて闇を抱えてしまった。けれど彼は“闇”を抱えるとともに“聖”も持ち合わせています。ラファエルは時折聖力を補っていませんでしたか?」
「あっ…蒼い月……」
思い浮かんだのは私が天界に帰れず嘆いていた夜、連れ出してくれたあの日のこと。
ラファエルは散歩だと言って満月の夜空に連れて行ってくれた。