ある一日
3.忍者
「夢の中に忍者が出るんだけど・・・」
友人からそんな言葉を聞かされた。「夢で忍者が出るなんてあるんじゃ無いの?」と聞き返すと、友人は、
 「ここ毎日なんだよ。忍者が俺の前で立って、君は我が光明流の者で、我が親方様のお役に立てなければならないって言うんだ」
 「何それ・・?中二病にでもなったの?てか、うちらもう大学生なんだよ。そろそろ就活もしないといけない時に・・・それにさあ、女なんだし、その俺という言葉はやめなよ・・」
そう、友人は一人称を俺と言ってるが、れきっとした女なのだ。もちろん私もだ。つまり、女二人が、大学のカフェで語っているのだ。友人が俺と言い出したのは随分前のこと。
アニメやマンガに影響されやすく、サークルの飲み会では好きなキャラクターの物真似をしたりして場を盛り上がらせたりしてた。
だが、ここ最近、何かしら様子は変だなとは思ってた。講義中、にやにやしてたり、饒舌だったり、何かに対して怒ったり(それも執拗に)してしまいには、他の友人達はあきれかえったり、ケンカになる場面もあった。
それでも私は友人として接しなければならいとは思っていた。
 しかし、その翌日、友人は大学に来なくなった。必修科目にも顔を出さない状態になった。電話してもメールしても出ないし返信も無い。さすがにおかしいと気づき、私は友人宅に行くことにした。
友人の家は白い一軒家。庭も広く家庭菜園も出来そうなレベルだ。
私がベルを鳴らして、しばらく待った後、ガチャというドアを開ける音がした。ドアを開けた主の顔を見たとたん、私は仰天した。顔は酷くやつれ、傷もいくつか出来ている。だが、その顔はまぎれもなく友人の母親だ。
 「一体、どうしたんですか!?」
 「・・・・娘が・・・おかしくなっちゃったみたいなの・・・だから入院させたのよ」
 「に、入院!?」
 「ええ、ここ数日ね・・・娘は大声で叫んだり、物壊したりして大変だったの。警察も呼んで対応して貰ったけど・・・警察の人も怪我したのよ・・・病院に行ったら、すぐに入院しましょうと言われてね。精神科よ・・
まさか、自分の娘が精神科に入るなんて思いもよらなかったわ。私の育てが悪かったのかしら?」
 「それは、無いと思いますけど・・・お見舞いに行けますか?」
 「今は行けないわ。先生に聞いたら、保護室に入っているから、ある程度落ち着くまでは面会が出来ないみたいなのよ」
「そうですか・・・分かりました。また後日、病院の方見舞いの方に行きますね」
 「その時は、私にも言って頂戴。貴方一人だとああいう病院は危なそうだから」
ややうつろげな表情で言いながら友人の母親は中へ入っていった。
 二、三週間が経過し、私は再び友人宅へ向かった。ベルを鳴らすと、友人の母親が出てきた。この前からすると少し落ち着いてるようだ。
 「こんにちは。あの後どうですか?」
 「昨日、行ってみたわ。幾分、落ち着いているみたい。今日も行くけど、貴方も行ってみる?」
 「はい!」
私は友人の母親の車に乗せて貰い、精神科病院へ向かった。
十五分程度で着き、その外観に私は圧倒された。七階、いや八階くらいあるその高さに白を基調とした建物だった。また同じ高さの病棟がある。おそらく増床したものだろうと推測した。
 「ここは急性病棟と一般病棟に別れてるそうなの。娘が入ってるのは左側の急性病棟よ」
 「・・・まるでお城ですね」
 「お城なんて言う人初めて聞いたわ。さぁ、
さっさと入りましょ」
友人の母親について行き、中へ入ろうとした時に看護師と患者らしき人を見かけた。患者らしき人はよたよたと歩くに精一杯で横には看護師が患者らしき人の腕を掴んでいる。
私は、しばしこの光景から離れることができなかった。友人もあんな状態なんだろうかと思うと胸が痛む。友人の母親は半ば目をそらしていた。看護師は私たちに気づいたのか、挨拶をした。
 「こんにちは。今日は良い天気ですね。ほら、誠二さん、お客さんですよ。挨拶しましょうね」
誠二と言われた人はゆっくりと私たちの顔を見て、ゆっくりと頷いた。おそらく私たちへの挨拶なんだろう。
 「あ、あ・・あ・・・んた、八重子(やえこ)・・・か・・」
 「やえこ・・?いえ、私は香住(かすみ)って言います」
 「か・・・か・・・かす・・み・・・あ・・・あ・・そ・・いう・・な・・まえ・・」
 「誠二さん、向こうの方へ散歩行きましょうか。引き留めてごめんなさいね。さぁ、行きましょう」
看護師は誠二の腕を掴みながら、ゆっくりと向こうへ歩いて行った。
 「・・・・行きましょうか。娘も待ってるし」
 「・・・はい・・・」
急性病棟の入り口に入ると、詰め所と白い扉があった。扉は凄く頑丈そうで簡単には入れない。よく見るとカードリーダーみたいな物もついている。
 「すみません、立花香(たちばなかおり)の病棟へ行きたいのですが」
 「はーい、今案内しますね。ちょっとお待ち下さい」
 声と同時にプロレスラーみたいな体つきの男の人が白衣に身にまとい出てきた。これには私は驚愕した。病院というのは、身体が細い医者が多いとイメージしてたが、まさかこれほどの肉体をした人だとは思いもよらなかった。この病院はこういう人でないと務まることは出来ないのだろうな・・と思った。
 「立花香さんは六階の個室、十四号室ですね。案内いたします。こちらのエレベーターをどうぞ」
 「エレベーター?どこにあるんですか?ここには白い扉と詰め所しかないのですけど・・」
私は男にそう言うと、男は鍵とカードを取り出した。
 「エレベーターは、この白い扉の中ですよ。ここでは厳重にしないと患者さんが脱走することがあるので」
鍵を開け、カードを通すと扉が開いた。きちんとしたエレベーターが見えた。
 六階にたどり着くと、厳重なドアが見える。
プレートには『急性期用患者ゾーン』、
『六十号室~八十号室』と書かれている。男
は、目の前にいる警備員に声をかけ、中に入れてくれるように頼んでいるようだ。折り合いがついたのか、中に入れて貰った。ただし、警備員が二人付いた状態でだが。
中は冷やっと空気に包まれシーンとしている。
 「個室なんですか?」と看護師に聞くと、
「ええ、そうですよ。たまに大声出す患者さんもいますけどね。歯止めが利かないのも少々」と看護師は笑って言い聞かせた。笑って済ませるほどなのか?と思った。
 「こちらですよ。七十五号室ですけど、中に入ることは出来ないので、そこのデイルームでお待ち下さい。
デイルームは壁掛け式のデイルームがある以外、白のテーブルと椅子しか無い。私たちは椅子に腰掛け、香が来るのを待っていた。辺りを見回すと、廊下にへたり込んでいる老人や目がうつろな若い人、頭を抱え込んでいる人などが視界に入る。
五分くらいが経ったであろうか、私と同じくらいの女の人がやってきた。
 「こんにちは。いらっしゃいませ。こんにちは。いらっしゃませ」
 「こ、こんにちは」
 「誰に会いに来たの?私?それとも香さんですか?香さんは私と凄い仲が良いの。ご飯食べるときも話すときも。たまに一緒に散歩したりすることもあるの。私、将来香さんと結婚して幸せな家庭を築いて、お婆ちゃんになっても死んでからもずうっと香さんと一緒に暮らすの。誰にも邪魔はさせないしさせたくないしさせる権利は無いの。お姉さんはどう思いますか?」
あまりにもの饒舌っぷりに私と友人の母親は
絶句した。だが、友人の母親はこの子が言ってるのは何かの戯言なんだろうと察して、
 「そうなの。よかったわね」
と一言だけだった。おそらく看護師とかに間に受けないようにともいわれたのだろうか?
だが、私はここに来るのは初めてで、衝撃的にしか思えなかったため、つい声を荒げてしまい、女の人は驚き、顔つきが変わり私に襲いかかってきた。
「きゃあ!」と悲鳴をあげたが、すぐに警備員が止め女の人は羽交い締めにされた。
何人かの看護師がやってきて、女の人はどこかへと連れて行かれてた。
 「大丈夫?怪我は無い?」
 「は、はい・・・」
 「ここでは、荒げる事は言わない方が良いわよ。私も貴方と同じ事をしてあんな目にあったから」
 「怖いですね・・・ここ」
デイルームで香が来るのを待つが、来る気配が無い。おかしいと思いながらも待つことにした。二、三分くらい経過して、ドアががらっと開き、男の看護師が香を車椅子に乗せて連れてきた。香はうつろげな顔をしており、話せるかどうか分からない状態だ。
 「すいませんねぇ。ちょっと連れてくるのに時間がかかりまして」
 「調子はどう?」
母親は香に語りがけるが、香は反応に答えようとしない。
 「香、私だよ。分かる?」
やはり無反応だ。香はただ、呆然と明後日の方向を見るだけで私たちの反応さえない。
 「看護師さん、香は大丈夫なんですか?てか、病名は何ですか?なんで、反応が無いのですか?」
 私は声を少し荒げると、男の看護師は「まぁまぁ落ち着いて」となだめる。
 「香さんの病名は統合失調症です。今の状態は、薬によって症状を抑えてます。
ただ、統合失調症は現段階では根本治療は出来なく、薬で症状を抑えるしかありません」
 「じゃ・・・今は薬漬けなんですか?」
 「はい。ですが、状態が落ち着けば、投薬量を徐々に減らしていけば、最終的には必要無いあるいは最小限までにすることは出来ます」
 「どのくらいの期間であれば落ち着くのですか?」
 「数年あるいは十数年は考えた方が良いでしょう」
男の看護師からそう告げられた時、私は卒倒しそうになった。あれだけ賑やかで真面目だった親友が、数ヶ月もしないうちにあんな状態でしかもそれが数年も続くのは地獄としか思えないからだ。私なら耐えることは出来ないだろう。友人は相変わらずぼぉっとしている。天井も私たちの顔も、看護師も見ずにただただ地面を見続けており、時折、口をパクパクと開いているが、何を言ってるかは分からない。男の看護師は「そろそろ面会終了ですので、香さんを病室に帰しますね」
と言い、香は病室に戻され、私たちは病院を後にした。
 家に帰り着いた後、私はインターネットで統合失調症について調べ、思いがけない事を知った。それは百人のうち一人はかかる事である。つまり私もかからないと言うことでは無いということである。香は今病気と闘っている。私も将来、ああなるのかもしれないと思うと、不安がよぎった。 
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