僕の愛した生徒


呼ばれた職員室で用事を済ませ、
僕の足は再び視聴覚室に向かう。


僕は敢えて自動販売機に寄って
ミルクティーとコーヒーを買うことを、もうしなかった。




視聴覚室の前に着いた僕。

深呼吸を一つして、その部屋の引き戸に手をかけた。


中に入ると、藤岡は窓際の席に座り、退屈そうに窓の外を眺めていた。


僕がこの部屋に入って来たことにも気づいてない。



「藤岡?」


僕が声を掛けると、藤岡の体はビクッと反応して

僕を振り返った途端、
藤岡の顔には屈託のない笑顔が広がった。



それを見た瞬間


何故だろう?


ここ数日間ずっと僕の心を覆っていた霧がスッーと消えていった。



「もういいの?」


藤岡はあどけない表情で僕に訊く。


「あぁ」



それを聞いた藤岡は、
自分の鞄からコーヒーとミルクティーを取り出して、

“温くなっちゃったけどどうぞ”と僕にコーヒーを手渡した。

僕がお礼を言うと、藤岡は“どういたしまして”と微笑んで、ミルクティーの缶を開け口を付けた。

僕もコーヒーを一口飲み


「藤岡、さっき僕がここに入ってきた事に気づかなかっただろ?」


藤岡にイタズラに訊く。

それに苦笑いする藤岡。

「そんなに集中して、何を見ていたんだ?」


「何だろうね?」


まさかの質問返し。


「そう言えばさ、ずっと訊いてみたい事があったんだけど……」


「なに?」


「僕たちがまだ付き合う前の事なんだけどさ、
藤岡って僕の授業中ずっと外ばかりを眺めていただろ?

あれは何を見てたんだ?」


「あぁ〜。それは内緒」


藤岡はイタズラに笑った。


「僕にも言えないのか?」

「うん。今はまだ内緒。
でもいつか……教えてあげる。
その時がきたら…ねっ?」


藤岡は遠い目をして笑った。
< 63 / 207 >

この作品をシェア

pagetop