僕の愛した生徒
藤岡と二人きりの視聴覚室。
僕は一番話さなければならない事も切り出せず、藤岡と他愛ない話を続けた。
僕の傍でコロコロと表情を変える藤岡。
そんな藤岡を見ているのが
ただ楽しかった。
ずっと見ていたいと思った。
でも……
藤岡は僕の“生徒”。
「ねぇ、先生?」
小さく微笑む藤岡。
「なに?」
「どうして今日は私のことを
“藤岡”って呼ぶの?
いつも二人の時は“奈菜”って
呼んでくれるでしょ?」
藤岡は寂しさを訴える目で僕を見つめた。
切り出すなら今だよな。
僕が返事に躊躇っていると、
「私が生徒…だから、だよね?」
藤岡は悲しそうに呟いた。
それに何も答えられない僕。
“藤岡は感づいている”
僕はそんな気がした。
それならば、藤岡の言葉に頷いてしまえばいい。
“だから別れたい”
そう言ってしまえば、それで済むかも知れない。
それなのに、僕にはどうしてもそれを言葉にする事が出来なかった。
沈黙が僕たちを包み込む。
それを破ったのは藤岡。
「先生。話って何?」
藤岡は何かを堪えるように、
脆く儚く消えてしまいそうに
僕に小さく笑いかけた。
その時
突然、窓から入ってきた風。
それが僕の頬をすり抜け、
藤岡の長い髪をなびかせる。
僕の目の前にいる15歳の藤岡がやけに大人に見えた。