虹が見えたら
「それから親父が悪い女にだまされたことがあって、ちょっとした債務を抱えてしまってから、なるみのお母さんと再婚したんだ。
親父も心を入れ替えたのか、普通の親父になって生活していたのを見たことがある。
とくにおまえが生まれたときの祝いの様子は、とてもうらやましかった。」
「伊織さんは見に来ていたんですか?」
「母に行くなとは言われてたけど、そう言われるとな・・・。
俺の妹が2人もいるときいて、顔を見たかったというのもあるな。」
「そして、おまえの母が死んで、冬美はワアワア大声で泣いていたのに、なるみは小さいのに懸命に唇を結んで、あの顔が印象的だった。
だから少し遠いところに引っ越してからも、たまになるみの様子を見に行ってた。
次に印象的だったのは親父と冬美の葬儀のとき。
また、口をへの字にして堪えていたな。
けど・・・今度はちょっと違ってた。
きっともう身寄りがいないせいだったのか、おまえは昔よりも大きくなったのに、這いつくばって涙を流していた。
ずっと途切れずに泣いていたな。」
「ちょ、ちょっと待って下さい。
いきなりそんなヘビーな話を聞かされても・・・私まだ信じられなくて。
どうして、どうしてみてるだけで、私をあのとき助けてくれなかったんですか?
お父さんが同じなら伊織さんは私のお兄さんなんでしょう?」
「親父が俺たち母子に突き付けた約束。
好きな道へとお互いに進んでしまったのだから、もうあかの他人。
なるみたちには、かかわることはしない約束をさせられた。
でも、俺もそのときは当然だと思ってた。
親父が俺の親であることをやめたんだから、その男の家庭なんか興味はない。
興味はないはずだったんだ・・・。
だが、親戚でなるみを預かる人はいないと知ったときは何とかしてやりたいと思った。」
「じゃ、どうしてすぐに迎えにきてくれなかったんですか?」
「ごめんな。
行ってやりたかったけど、行けなかったんだ。
その頃俺は、ちょっとした暴力事件を起こしてしまってな。
裁判で決着がつくまで動けなかった。
だから・・・俺は、俺の主人の嫌われ息子に生まれて初めて、土下座してなるみのことを何とかしてほしいと頼んだんだ。」