午睡は香を纏いて
    * * *  

空が白がり始めた。右手側が薄墨色に変わっていくのを、がくがくと揺れる馬上から眺めていた。

痛みに近いこの衝撃にも、ずいぶん慣れてきたように思う。
何しろ景色を把握できているのだから。
ヤシムスを出た時よりも幾分ゆっくりとした勢いだとはいえ、あたしにも余裕がでてきたようだ。

レジィは人目を避けるために、集落から大きく外れたところを走っていると言っていた。
確かに、今まで誰にも会わず、人の住んでいる気配すら感じられなかった。
追っ手の姿ももちろんないし、それはいいことだと思っている。

しかし、向かっているという山脈の頂すら確認できず、同じような風景ばかりを見ていると、ほんの少し不安になったりするのは何故だろう。

この先に本当に人がいるのかな、そんなことを考えてしまう。
こういうの、中弛みっていうんだろうか。
緊張感のない自分に呆れてしまう。
何もないのならそれが一番いいだろうに。
そんな不謹慎なことを考えていたのが、いけなかったのだろうか。

夜空が変色していくのをぼんやり眺めていると、駆けていた馬がいきなり高く嘶いた。
と同時に前脚を大きく浮かせて、体の勢いを削ごうとした。
急に止まろうとしたようだ。

油断しきっていたあたしはそれに反応できるはずもなく、振り落とされそうになる。


「な……っ!」


視界がぐん、と変わる。天地がぐるんと入れ代わり、頭上に地面が広がった。
落ちる、そう思った瞬間、レジィの片腕があたしを抱えるように抱き留めてくれた。


「リレト!?」


革篭手が巻かれている逞しい腕にしがみついた。
この腕を離したら、体を激しく揺らしながら足並みを整えようとしている馬から、今にも落ちるんじゃないかという気がした。

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