黒き藥師と久遠の花【完】
 ひとしきり笑ってから、イヴァンは手を叩いた。

「おいナウム。エレーナを呼んで来い。今すぐにだ」

 命を受けてナウムは「はい」と手短に答えると、踵を返して部屋を出て行く。
 王と二人きりになり、みなもの息苦しさが一気に増した。

 こちらから話しかける訳にはいかず、みなもは無遠慮に投げかけられるイヴァンの視線を受け止め続ける。

「お前の名は、みなもか?」

「……は、はい」

 なぜか親しみのこもった声でイヴァンに話しかけられ、みなもは戸惑いを隠せず、震える声で返事をする。

 フッとイヴァンの眼光が和らぎ、薄い微笑みを浮かべた。

「そうか……女の身で苦労も多かっただろう、よく今まで生きていてくれた。お前に会えて嬉しいぞ」

 さっきのやり取りで、ナウムがこちらの詳細を王に隠していたのだと察しはついている。

 それなのに、どうして自分の名も、女であることも知っているんだ?
 動揺が収まらず、我知らずにみなもの瞬きが増える。

 廊下から、二つの足音が聞こえてくる。
 一つはナウムのものだと分かるが、もう一つはとても体の軽そうな、女性と思しき足音だ。

 部屋の前で足音が止まると、ナウムが「失礼します」と言って中へ入ってくる。
 二人の気配が近づいてくるのを、みなもが背中で感じ取っていると、イヴァンが顎をしゃくり、後ろへ向くように促してきた。

 みなもが振り返ると、ナウムの隣に淡い黄色のドレスを着た女性が立っていた。
 甘栗色の長い髪をした彼女は、ナウムと同じ暗紅の瞳を潤ませている。

 ――昔の面影を残した、美しい顔だった。
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