黒き藥師と久遠の花【完】
「まさか……いずみ、姉さん?」

 恐る恐るみなもが尋ねると、彼女は大きく頷き、みなもに抱きついてきた。

「みなも、生きていたのね! こんなに大きくなって……良かった」

 森の陽だまりにも似た、温かく優しい香りが、みなもの鼻をくすぐる。
 美しかった漆黒の瞳と髪はなくとも、忘れもしない姉の香りだ。

 匂いだけは昔と変わらない。
 けれど、今は少しだけみなものほうが背は高かった。

 時の流れを感じながら、みなもは姉の背に腕を回す。
 確かな温もりと彼女の息遣いが、これが夢ではないのだと教えてくれた。

 目頭が熱くなり、みなもは思わず一粒の涙をこぼす。
 話したいことも聞きたいこともたくさんあるはずなのに、言葉が出てこない。

 体を離して互いに見つめ合っていると、背後からイヴァンの声が飛んできた。

「良かったな、エレーナ。積もる話もあるだろう、奥で心ゆくまで話せばいい」

 どうして姉さんがエレーナと呼ばれているんだろう? 
 しかも、すごく親しげな感じがする。

 内心みなもが困惑していると、いずみは「ありがとうございます」とイヴァンに答えた。
 今にも溶けそうな、愛しげな眼差しを向けながら。

 そして、少しはにかみながら教えてくれた。

「話せば長くなるんだけど……私、イヴァン様と結婚してるの」

 イヴァン様と結婚――つまり、姉さんはバルディグの王妃?!

 うっかり驚きで、みなもの口が開きそうになる。
 生きていずみと会えただけでも夢のようなのに、王妃の肩書きがさらに現実味を奪ってしまう。

 目の前の光景を信じた瞬間に目が覚めて、この夢が消えてしまうかもしれない。
 現実を信じることが怖かった。

 ただ、いずみの後ろで愉快げにこちらを見てくるナウムが視界に入り、かろうじて現実なのだと思うことができた。
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