黒き藥師と久遠の花【完】
    ◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 案内されたのは、乳白色の大理石の床が美しい、主の清楚さを表したような部屋だった。
 花とツタの模様が刻まれた壁紙と、職人が形にこだわったであろう無地の調度品は、どちらも調和が取れていて、部屋に彩りを加えていた。

「そこに座ってちょうだい、二人とも」

 いずみから大きな臙脂のソファーへ座るように促され、みなもはゆっくりと腰かける。
 何の迷いもなくナウムが隣へ座ってきたので、露骨に嫌そうな顔が出かかる。

 が、テーブルを挟んで向かい側のソファーに座ったいずみの顔を見ると、嬉しさが上回って、みなもはナウムへの不快感を忘れることができた。

「みなもと別れてから、ずっと心配してたのよ。本当に会えて嬉しいわ」

 いずみの昔と変わらない口調と声に、みなもの緊張も和らぎ、声を出すことができた。

「うん、俺もだよ。別れてからずっと姉さんを探していたけど、まったく分からなかったからさ」

「生きていくために男のフリをして、ずっと一人で頑張っていたのね……辛かったでしょ?」

「そんなことはないよ。辛い時もあったけれど、藥師の仕事は楽しかったし、住処にしていた村の人たちは優しかったよ。熊みたいなオジサンも気にかけてくれたし、それに――」

 レオニードの名が喉まで出かかって、止まってしまう。
 口にしたら心が折れてしまう気がして、どうにか呑み込んだ。

「――姉さんのほうが大変だったんじゃないの? 髪と瞳の色も変わって、名前も違うし……何があったの?」

 いずみは小さく息をつくと、遠い目をして虚空を見つめた。

「貴女と別れた後、私は里に戻ったわ。その時に捕らえられて、バルディグに連れて行かれたの……イヴァン様の前の王様が、不老不死を叶えるために『久遠の花』を求めていたのよ。ただの伝説なのに、それを真に受けて……」

 そっと睫毛を伏せ、いずみが己の髪を撫でた。

「誰かに不老不死を奪われぬよう、先王は私の存在を隠したわ。髪や瞳は薬で変えられて、エレーナという名前を与えられて……密かに不老不死の薬を作らされ続けたわ。イヴァン様が玉座につくまでは」

 言葉にすれば呆気ないが、少し想像しただけで痛ましく、みなもは顔をしかめる。

「姉さんが、そんな酷い扱いを受けてたなんて……」

「もう終わったことよ。それに私はイヴァン様とナウムに支えられていたから、辛かったけれど、寂しくなかったわ」
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