黒き藥師と久遠の花【完】
 どうにか思い出そうと頭を働かせていると、いずみが「覚えていないの?」と不思議そうに呟いた。

「何度も一緒に遊んでたのに……みなもってば、いつも彼に抱き上げてもらいたがって、駄々をこねていたのよ。おとなしくさせるのが大変だったわ」

 みなもは目を見張り、まじまじとナウムを見つめる。
 
「……本当に?」

「ああ本当だ。ついでに言えば、オレはお前が赤ん坊の頃、何度も面倒を見ている――そうでしたよね、エレーナ様」

 ……姉さん、お願いだから否定してくれ。

 そんなみなもの願いも虚しく、いずみに「ええ、懐かしいわ」と言い切られてしまった。
 顔には出さなかったが、心のなかは打ちひしがれる思いでいっぱいだった。

 こんなことで嘘をつくような姉ではない。
 諦めの息をついてから、みなもはいずみに向き直った。

「二人が生きているってことは、他にここへ連れて来られた仲間もいるの?」

 急にいずみは表情を曇らせ、静かに目を伏せる。
 そして小さく首を横に振った。

「……いいえ、生き残ったのは私たち二人だけ。殺されてしまった人もいるけど、自ら命を絶った人もいたわ。自分たちの力が悪用されないように」

「そんな! みんな殺されたなんて……」

 愕然となりながらも、頭のどこかで冷静な考えが働く。

 ナウムは里に出入りしていたが、外部の人間。
 つまり、バルディグの毒を作っていたのは――。

「まさか……姉さんが、毒を作っていたの?」

 尋ねながらみなもの背筋が、胸奥が麻痺していく。

 人を癒すべき『久遠の花』が、『守り葉』のように毒を作っていた。
 同じ一族の血を使わなければ、解毒できない毒を。

 いずみは何も答えず、祈るように瞑目し続ける。
 しばらくして、ようやく堅く閉じていた唇が開いた。

「……ええ、私が作ったわ。この国とイヴァン様を支えるためには、どうしても必要だったのよ」

 喉から搾り出すような、いずみの苦しげな声。
 しかし、その中に迷いは感じられなかった。
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