黒き藥師と久遠の花【完】
 部屋へ入って来たナウムの手には、様々な果物が盛られた銀の器があった。

「だいぶ参ってるようだが、何か腹に入れておけ。弱ったお前を相手にしても面白くねぇからな」

 言いながらナウムは長椅子に座り、テーブルの上に器を置く。それから、こっちへ来いと無言で顎をしゃくった。

 やっぱりナウムの顔を見ると、腹立たしさが湧き上がる。
 けれど彼の素性を知った今、以前よりも抵抗感はなくなった。

 みなもはナウムの向かい側の椅子に座ると、明るい橙色の実をつけた葡萄を一粒摘んだ。

「……ありがとう、食べさせてもらう」

 ここで強がっても意味はない。不本意ながら礼を言うと、みなもは口の中に葡萄を放り込む。
 歯を立てると瑞々しく冷たい果汁が広がる。火照っていた体には心地良かった。

 人の悪い笑みを浮かべて、ナウムがこちらを見つめてくる。

「いつもそれだけ素直なら、オレも嬉しいんだけどな」

「俺はいつも素直だよ。お前のことが嫌いだからね」

 湧き出る不快さを真っ直ぐにぶつけるが、ナウムは嫌な顔どころか、さらに楽しげな表情を浮かべた。

「ククッ……確かにそうだな。八年前は、ここまでみなもに嫌われるとは思わなかった」

 いずみが認めた以上、ナウムと遊んでいたのは事実なのだろう。
 一番の悪夢は姉のことだが、二番目の悪夢はこの事実だった。

「昔は昔だ。今の俺も、お前も、あの村にいた頃とは違う。姉さんだって……まさか王妃にるなんて、想像すらしなかった」

 みなものうめくような声にナウムが「同感だ」と苦笑すると、身を前に乗り出し、こちらを覗き込んできた。

「オレやいずみに何があったか、もう少し詳しく話してやろうか?」
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