黒き藥師と久遠の花【完】
 ナウムはおもむろに、黒い駒を手に取った。
 
「先行はみなもに譲ってやるよ」

 チュリックは先行のほうが有利にゲームを進められる。
 分かった上で譲ろうと言っているハズ。
 それだけナウムに甘く見られているのは、ありがたかった。

 みなもは赤い駒を手にすると、少し思案してから盤に駒を乗せる。一息置いて、ナウムも黒い駒を置く。
 いくつか駒が置かれた後、ナウムは「ふうん」と声を唸らせた。

「意外とやるなあ。まあ、これぐらい手応えがないと、オレも楽しめねぇからな」

 ナウムは盤から目を離さず、黒駒をいじりながら口を開いた。

「あれから八年、か。……あの日のことは忘れられねぇ。『久遠の花』も『守り葉』も亡くなって、オレも口封じのために殺されかけた。だが、間一髪でいずみが助けに入ってくれたんだ」

「姉さんが?」

「自分の首に手術用の小刀を突きつけて、『彼を殺せば、私も死にます』ってな。ヤツらは『久遠の花』を生け捕りにして連れていくのが目的だったんだ。だから、いずみに死なれると困るからってことで、オレは殺されずに済んだ」

 淡々と言っているが、ナウムの声がいつもより低い。
 みなもはチラリと目だけを動かしてナウムを見やる。
 盤の駒を眺めていながら、その目はどこか遠くを見ているように思えた。

「命拾いはしたが、オレはいずみを逃がさないための人質としてバルディグに連れて行かれた。一人で逃げ出すことも出来たが、いずみを見捨てたくなかったからな。オレはいずみの付き人を申し出て、あいつを少しでも守るため動き続けた……これは本当だぞ?」

 体の良い嘘だと考えそうになるが、昼間の二人が脳裏をよぎり、みなもは考えを改める。

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