黒き藥師と久遠の花【完】
 目を開くと同時に、みなもは勢いよく体を起こす。
 息は乱れ、早まった鼓動と室内の時計の音が耳に響く。

 窓から差し込む朝日が部屋の中を明るくし、ここが現実なのだと教えてくれる。

 何度か深呼吸して息を整えてから、みなもは己の体を見回す。
 特に変わった様子がないと分かった途端、重いため息が口から出た。

(またあの夢を見るなんて……最悪だ)

 ここ数日、同じような悪夢ばかり見続けている。
 身動きの取れない体を、ここぞとばかりにナウムが触ってくる夢。
 そして次第に心が抵抗しなくなり、その手を受け入れてしまった直後、こうして目が覚める。

 夢で良かったと思う一方で、何度もこんな夢を見てしまう自分が信じられない。
 目覚めれば、ナウムに組み敷かれるなど、考えたくもないし望んでもいない。

 ただ、夢が終わる瞬間だけは、彼を受け入れている。

 レオニードと寄り添えないなら、別の誰かの温もりでも構わないと。

 そう考えてしまったことが悔しくて、情けなくて――怖くなってくる。

(夢でナウムが言ってたように、俺はアイツのものになってしまいたいと望んでいるのか? ……いや、それは絶対にない。あんな夢が俺の本心だなんて、認めてたまるか)

 みなもは取り憑いてくる不安を払おうと、首を何度も横に振る。
 身に付けていた首飾りが、首元で小刻みに揺れた。

 服の下から首飾りの石を摘むと、視線を下げてそれを見つめる。
 レオニードの瞳と同じ色の石。
 彼に見守られているようで、今にも折れそうな心に芯が戻ってきた。

(大丈夫。この石が見守ってくれる限り、俺は自分を失わない)

 暗示をかけるように、その言葉を何度も心で繰り返す。
 次第に気分も落ち着き始め、冷静な思考が働き始めた。
 
(このまま答えを先延ばす訳にはいかない。動き出さないと――)

 みなもは背伸びをしてからベッドを離れる。
 部屋の隅に置いていた荷袋に目を向けると、表情を硬くした。

(――俺の答えは、もう決まっている。ただ、やっと手にしたものを手放すのが惜しいだけで……)
< 155 / 380 >

この作品をシェア

pagetop