黒き藥師と久遠の花【完】
「くっ……!」

 咄嗟にレオニードはチラリと腕を見る。
 きれいに切り裂かれた袖から、赤い一筋の線が覗く。
 つうっ――熱いものが腕を伝っていく気配が分かる。

 視界の横で、浪司が唸りながらよろめき、片腕を抑える姿を捕らえた。

(一体何が起きたんだ? ……みなもは無事なのか!)

 慌ててみなもへ振り向くと――。

 ――完全に表情が消えた彼女の手には、抜き身の短剣が握られていた。
 鈍色の切っ先は、赤い血に濡れていた。

「みなも、なぜ――」

 レオニードがみなもへ腕を伸ばそうとすると、彼女は軽く跳躍して後ろへ下がる。

 突如、四方から剣を手にした男たちが現れ、庭園を取り囲む。
 そして柱の影から、カツ……、カツ……と、もったいぶったような足音が聞こえてきた。

 みなもの隣に現れたのは、こちらへ嘲りの表情を浮かべたナウムだった。

「よく来たなあ。あんまり上手に変装しやがるから、昼間は誰だか分からなかったぞ」

 どうして気づかれたんだ?
 睨みつけて牽制するレオニードを見て、ナウムが人の悪い笑いを喉で奏でた。

「どうしてお前たちがここへ来るのが分かったか、知りたいか? ……答えは単純だ、みなもが教えてくれたんだよ。お前らにまとわりつかれるのが、もう嫌になったんだと」

「嘘を言うな! お前のことだ、みなもを脅して俺たちを襲わせたんだろ」

 思わずレオニードが言い返すと、ナウムは「いいや」と首をゆっくり横に振った。
< 197 / 380 >

この作品をシェア

pagetop