黒き藥師と久遠の花【完】
 心の中で顔をしかめながら、みなもはコクリと頷いた。

「ああ……思った以上に毒が強くて、耐毒の薬が負けてしまったんだ」

「……急ごしらえで作った薬だからな。それは仕方ねぇな。だが――」

 ナウムはこちらへ体を向けると、口端を引き上げた。

「オレの期待に応えられなかったんだから、おしおきが必要だな」

 こんな非常事態に何を言い出すんだ?
 しかも城内で、姉さんがいる所からも近いのに。
 
 まさかそんなことを言うとは思わず、みなもの胸は激しく動揺する。
 ここへ来てまでナウムに弄ばれるのは嫌で嫌で仕方がない。
 けれど油断を誘うためにはやり過ごしたほうがいいと思い、ナウムの言葉を待った。

 スゥッと、見つめてくる視線の温度が下がったように感じた。

「みなも、オレが良いと言うまでそこを動くな」

 何度も従ってきた命令。みなもは半ば呆れながらも従う。

 わずかにナウムの腰が低くなる。
 そして疾風のごとくこちらへ走り出した。

 彼の手が剣の柄にかけられていることに気づいた瞬間、みなもの背筋が凍りついた。
 
(コイツ、俺に暗示がかかっているか確かめる気か!?)

 避けようとすれば、意思があることに気づかれてしまう。
 動かなければ、肌を突き刺すギリギリのところで剣を止めるハズ。

 恐れなくていい。
 この男は自分を殺さない。
 そう腹をくくり、みなもは言われたままに不動の姿勢を貫こうとする。

 だが、ナウムの剣が届きそうな距離まで迫られた瞬間、全身が総毛立った。

 頭を働かせるよりも先に、みなもの体が勝手に動いた。
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