黒き藥師と久遠の花【完】
 みなもはナウムへ切っ先を突き立てようと、剣を振り下ろした。

 鋭い刃が煌くと同時に、昔の記憶が鮮明になる。

 ただ無邪気にはしゃいでいた自分。
 いつも遊んでくれた水月。

 そんな自分たちを、微笑ましそうに見ていた姉。


『貴女が人を傷つける姿なんて、見たくないわ』


 いずみの声が頭に響く。
 思わず体が硬直し、みなもの剣は虚空で止まった。

 ドンッ。
 胸に衝撃が走り、みなもは思わずよろける。

 ナウムに体当たりされたと理解した直後、剣を持つ手が掴まれた。
 きつく締め上げられる手首に気を取られていると――。

 ――足を払われ、床へうつ伏せに倒されてしまった。

 慌ててみなもは起き上がろうとするが、ナウムに腕を取られてしまい、強く押さえつけられてしまう。

 どうにか逃げようともがくが、うまく力が入らず、彼から逃れることはできなかった。

 ククッ、と人の悪そうな笑い声が漏れた後、みなもの耳元に熱い息がかかった。

「さっきのは危なかったぜ。あのまま剣が振り下ろされていたら、確実に命を取られていたぞ」

 みなもは首だけを動かし、背後を向く。
 間近に見えるナウムは、笑っているのにどこか泣きそうな目をして、こちらを見下ろしていた。

「まさかお前があそこで躊躇するとは思わなかったな。抱かれ続けて、少しはオレに情を持ってくれたか?」

「違う! そんなことある訳ないだろ」

「どうだかな、みなもは嘘つきだからなあ。お前の言うことは、もう二度と信用しねぇよ」

 さらに力を入れられ、みなもの手から短剣が離れる。
 それを手に取り、ナウムはジッと剣を見つめた。

「さて……こうなった以上は始末するしかないと思っていたが、やっぱり殺すのは惜しいな。かと言って、また同じことをされる訳にもいかねぇし――」

 しばらく一人でブツブツと呟いた後。
 ナウムは口元を歪ませ、瞳を色めき立たせた。

「まずはお前を歩けなくしちまって、逃げないように部屋へ閉じ込めておこう。先のことを考えるのは、その後だな」

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