黒き藥師と久遠の花【完】
 視線を横に動かすと、いつの間にか自分の剣を拾い、距離を取ってこちらを見つめるナウムの姿が見える。
 彼はおどけたように肩をすくめると、口元にいつもの不敵な笑みを浮かべた。

「やっぱりテメーも生きていたか……みなもがオレに何をされたか知ってんだろ? それでもみなもについてくるなんて、健気な忠犬だな」

 それ以上は言うな。聞きたくない。
 怒りと、反論できないもどかしさで、みなもの胸に吐き気が込み上げる。

 カッ。
 大きく靴音を鳴らし、ナウムからみなもを隠すようにレオニードが前へ出た。

「……知っている。これ以上、貴様に彼女を傷つけられる訳にはいかない」

 いつもより低く、冷たい声が押し出される。
 レオニードから伝わってくる怒りに、みなもは頭を下げたい思いに駆られる。

 うつむきそうになっているところ、不意にレオニードの手が肩に置かれた。
 反射的に視線を合わせると、彼は瞳だけを動かし、部屋の奥を見やった。

「俺がナウムを足止めする。だから、みなもは先に行ってくれ」

 かろうじて聞き取れる声に、みなもは小さく首を横に振る。

「いや、俺も戦う。二人で戦ったほうが――」

「ここで時間稼ぎをされて、エレーナ王妃を逃がしてしまう訳にはいかない。……一番の目的は、あの男を倒すことじゃないんだ」

 レオニードに言われなくても、頭の中では分かっていたことだ。
 でも心が、もう彼と離れたくないと叫んでいる。

 これは単なるワガママだ。迷っている時間が惜しい。
 己にそう言い聞かせ、みなもは激しく波立つ胸の内を押さえ込んだ。

「分かったよ。目的を果たしたらすぐ援護に戻ってくる。それまで絶対に死なないで」

 こちらの答えにレオニードは頷くと、体の向きを変え、ナウムを正面にとらえた。

 一瞬、レオニードの体が沈み込む。
 そして弾かれたように、ナウムへ跳びかかっていった。
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