黒き藥師と久遠の花【完】
 かすかに安堵の息をつきながら、みなもは手に汗を滲ませる。

(あの男、キリって言うのか。厄介な男だ)

 毒が効かない上に、色めき立った連中を一声で抑え込む覇気や、冷静に物事を見極めようとする知性もある。彼を出し抜くのは至難の技だろう。

 手持ちの毒でどこまでやれるだろうか……。
 膨らみ始めた不安に負けまいと、あれこれ策を考える。

 ガチャリ。再び扉が開き、さっきの男――キリが一人で部屋へ入ってくる。
 そして、こちらから目を離さず、静かに扉を締めた。

 キリは何も言わず、ジッとみなもを見つめてくる。
 かろうじてフードから覗く唇は、薄い笑みを浮かべていた。

「オレとしてはお前とじっくり話をしたいところだが、時間がない。さっさと後ろを向け」

 手首でも縛って、こちらの動きを封じるつもりなのだろう。
 そう高を括り、みなもは素直に背中を向ける。

 背後からキリの足音が近づき、ぴたりと止まる。
 間近になった彼の気配に、思わず鳥肌が立った。

 さっさと用事を済ませて離れて欲しいと、心から望んでいると――。

 ――みなもの首裏に、キリの指が触れた。
 刹那、急激に鼓動は早まり、全身の筋肉が硬直する。

 ククッという小さな笑いがキリの喉から溢れた。

「今はお前を傷つける気はないから安心しな。大切なお宝を外させてもらうだけだ」

 恐ろしく丁寧な手つきでキリは首飾りを外して机に置くと、今度は背中から腰まで並んだ衣装の留め金を外しにかかった。

 みなもは冷め切った表情で後ろを向き、キリを睨みつける。

「止めろ……男に服を脱がされる趣味はないんだ、衣装ぐらい自分で脱がせてくれ」

「そいつは却下だ、またお前が妙なことをするかもしれないしな。それに――」

 もったいぶるような緩慢な動きで、キリの手がみなもの頬へ触れた。
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