黒き藥師と久遠の花【完】
 …………。
 街の半数以上の人間が?
 予想を遙かに上回った答えに、レオニードは目を丸くする。

 みなもが城の藥師たちを手伝っていた頃から、そんな話が侍女たちの間で囁かれていたことは知っていた。
 その程度なら言わせておけばいいと思っていたが、ここまで規模が大きくなるのは計算外だった。

 彼女とともに生きることを、恥じる気持ちはない。
 ただ、男同士であるという誤解を抜きに考えても、数多の人間に自分たちの関係を知られているのは、何とも落ち着かない。

 レオニードは軽い頭痛を覚えてこめかみを押さえた。

「どうして噂がこんなに広がっているんだ?」

 思わず呟くと、青年が意外そうに小首を傾げた。

「当事者なのに知らないのか? つい最近、街で――」

 彼が言いかけたその時。
 バンッと荒々しく扉が開いた。

 振り返ると、そこには激しく息を切らし、大きく肩を上下させるボリスがいた。
 いつものにこやかな表情はなりを潜め、必死な形相を浮かべている。

 一目見て、何か問題が発生したのだろうと察する。
 それと同時に嫌な予感が、レオニードの全身を駆け巡った。

「探したよ、レオニード。すぐ来て欲しい、大変なんだ」

「ボリス、一体何があったんだ?」

 レオニードが駆け寄って尋ねると、ボリスはわずかに呼吸を整えて答えた。

「ついさっき、賊が入ったんだ……パレードの女神の衣装を作っている仕立て屋に」

 確か今日は衣装合わせのために、みなもが仕立て屋へ行っている。
 顔から血の気が引いていくのを実感しながら、レオニードは息を呑む。

「ケガ人はいるのか? みなもは無事なのか?!」

「眠り薬を使われたみたいで、店の人にケガはなかった。ただ――」

 ボリスは眉をひそめ、小さく首を振った。

「みなもさんとクリスタの姿が見当たらないんだ。女神の衣装も、装飾品も……」
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