夏の空を仰ぐ花 ~太陽が見てるからside story
あの日から、母はあたしたちの前で涙を見せた事がなかった。


一滴も。


いつも明るく笑っている母が、今、泣いていた。


「ちょっと! なんで」


居ても立ってもいられず母に詰め寄った時、


「翠」


母がとっさにあたしの手首を掴んだ。


ギリギリと音が出そうなほど、強く。


美しい涙が痩け気味の頬をつつうと伝い落ちて、降り積もった雪に落ちる。


あたしの手首を握りしめて、母は声を震わせた。


「なんで……なんで翠なんだ。なんで、あたしの自慢の娘なんだよ!」


あたしよりも華奢な母が、凍える小動物のように見えてたまらなかった。


公園に人影はなく、ただ無情に白いブランコに雪が積み重ね上げられていた。


歩道に立ち尽くすあたしたちの横を、一台のくたびれたバスが通った。


車内はがらーんとしていて、乗車している人はいなかった。


空っぽのバス。


「たっちゃんだけで十分」


母の声はやっぱり震えていて、しっかり耳を澄ませていないと、何を言っているのか分からなくなりそうだった。


「もう、あたしから大事なもん奪わないでくれよ」


ちっきしょー、と母は声を張り上げて、おんおん泣き出した。



どうすればいいのか、分からなかった。



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