夏の空を仰ぐ花 ~太陽が見てるからside story
「そんな格好で入るなって言ってるでしょ!」


と引っ張った洋子の腕をブンと振り切ってズンズン中に入って来たのは、足元から泥まみれの補欠と健吾だった。


「響ちゃ……健吾くん……」


口を開けて、母が枕を落として固まった。


開いた口がふさがらないのは、あたしも同じだった。


ふたりとも似たようなスウェット姿で、足元は泥だらけで、頭からバケツの水をかぶったようにずぶ濡れで。


目は真っ赤で、泣いたあとのような顔だった。けど、その表情はいつになく真剣で清々しくて、かつ、力強かった。


ふたり揃って泥だらけのくせに、表情は何か吹っ切れたように爽やかだった。


一体、どこで何をしてきたのか。


何で泥だらけなんだ……。


泥の中で、取っ組み合いでもしてきたのか。


「さえちゃん。ほら、しっかりしろよ」


母親だろ、と補欠が床から枕を拾い上げて、茫然とする母の胸元のに押し付けた。


「翠なんかに負けてんじゃねえよ」


そして、そのまま、あたしに向かって来た。


水の重たさを含んだスウェットに、泥んこの足で。


「なっ……なんだ、その汚さは!」


圧倒されそうだった。


いつもの物静かなオーラを放つ補欠じゃなくて、異様な威圧感があった。


「どこで何して来たんだよ」


涙を拭い、ずびーっと鼻をすすった。


補欠は尋常ではないほど真剣でまっすぐな目をして、言った。


「泣いてんじゃねえよ。しんどいなら、しんどいって言えよ」


何も言い返す事ができなかった。


後ずさりしたくなるほど迫力満点の補欠を見たのは初めてで、どう反応すればいいのか分からなくて。


「おれのこと、甘く見んなよ」


いつも優しい補欠の目が、微妙につり上がった。


「野球の事しか考えてねえアホだと思ったら、それは大間違いだからな!」


その表情には危機迫るに近いものがあった。






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