勇者様と従者さま。
「…そんなこと」

　…わかるわけがない。

　アーサーが足を止めようとしたその時。

　アーサーの横を何かが走り抜けた。

　突然すぎてよく見えなかったが、それでも、それが白いブラウスに明るい茶髪の小柄な少女だということはわかった。

「エヴァ様っ！？」

　アーサーは叫んだ。

　今度は一体どうしたというのだ。

　だが、小柄な人影は止まらない。

　なぜかシュリも何も言わない。

「…ああ、もう！」

　アーサーは舌打ちして走り出した。


（…速い）

　走りはじめてすぐアーサーは驚く。

　アーサーは決して足が遅いほうではない。幼いころから修業を積んだ身なれば当然である。

　…だが。

　薄暗い中に浮かび上がる白い背中はどんどん遠ざかっていく。

（…エヴァ様の足はこんなに速かっただろうか）

　アーサーは走りつつ考え込んでしまう。

　コンパスの短さを抜きにしても、少女としては驚異的な速度だ。

　そう思っている間にも、前を行く彼女は階段を駆け降り、一階の入り組んだ廊下に入り込む。

「おい！エヴァ様っ…」

　アーサーはたまりかねてもう一度声をかけた。

　たいした迷走…というか、爆走ぶりである。まるでこの屋敷の内部を知っているかのような。


　やっとアーサーの声が届いたか、前方で彼女が立ち止まった。

　特徴的な明るい茶髪が揺れる。

（…？）

　一瞬、アーサーは違和感のようなものを覚えるが、その正体が何なのかはわからない。

　とにかく、ようやくエヴァが落ち着いたらしい。

　アーサーもほっとして速度を緩めた。

「まったく…一体どうしたんだ、エヴァ様」

　呆れ混じりの声をかけつつ歩み寄ると…

　エヴァはすでにいない。

「あ、あの勇者様はっ…！」

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