magnet
危うく持っていたCDを落としそうになった。
その声…その人に苦手意識しかなくてCDを持ちながらも後退する。
「坂上さん……」
「こんにちは」
何の棘もなくニッコリと笑うけれど私は笑えなくて、表情すらも変えなかった。
「偶然見掛けたから声を掛けてみたの。言いたい事、あったし」
「何ですか?」
「その曲、朔夜も好きだよね。よく一緒に聞いたもの」
「……」
「なんて。そんな事言いに来たんじゃないの。ちょうどね、今さっきまで朔夜と会ってたの。やっとちゃんと話す機会があったから好きだって言ったの。どうなったか知りたい?」
と、不敵に笑い掛けてくる。
なんだ、そんな事。聞きたくないと言えば嘘になるけど聞きたいかと言われればそうじゃない。
「――坂上さんの口からは聞きたくないです」
もしも話す機会があるのなら……と今はそう思う。
私もまた少し、気持ちが変わったかと思わず苦笑してしまう。今なら聞ける気がしていた。多分、本人を目の前にしていないから。
不思議なもので本人がいると強気にはなれないのだ。その証拠が廊下での出来事なわけだけれど。
でも確実に持ちようが変わった証拠だった。