道摩の娘
「あの…」

 その声に、少女はぱっと目を見開いた。

「ぶ、無礼者!」

「…はい?」

 突然罵られてりいは目をぱちくりする。

 無礼も何も、黙って覗いていたそちらのほうが余程無礼ではないか。

「…何をなさってるんです、超子(とおこ)様」

 晴明のため息まじりの声がした。

「姫君がみだりに御簾の外に出てはいけないのでしょう」

(…姫君!?)

 りいはまた激しく目をしばたたかせた。

 この少女が、大貴族の姫だというのか。

 確かにそう言われれば頷ける出で立ちだが…


 少女は観念したか、完全に姿を現した。

「陰陽師の分際でわらわに意見するの?だからお前は気に食わないのよ、晴明」

 何枚も重ねた錦の衣に、身の丈を越す黒髪。肌は、生まれてこのかた日光を浴びたことなどないのだろうと思わせる白さだ。

 そして高飛車な態度。

(なるほど、姫君とはこういうものか)

 りいは呑気に納得してしまう。

「気に食わなくて結構。俺も参上したくて参ってるわけではございませんから」

「おい、晴明!」

 保憲があわてて制止する。


「…ばあやにこのこと、言い付けたりしたら承知しないわ。そこの無礼者も。いいわね!」

 突然目を向けられてりいは驚いた。

「わらわに話し掛けた無礼は、まあ、見逃してあげるから」

(…そうか、姫君に話し掛けるのは無礼なのか)

 年下の少女に暴言を吐かれていることも忘れ、りいは感心しきりである。


「しかしながら、超子様はなぜここにいらっしゃるのですか」

 保憲が問う。もちろん、至極丁寧に。

「…妹のことよ」

 超子は少し迷ったあと、呟いた。

「お前たち詮子(あきこ)のことで呼ばれたのでしょ。顔くらい見ておこうと思ったのよ」
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