道摩の娘
 少し経つと、家人がやって来て、主人の帰宅を告げた。

「…そちらの方も陰陽寮の?」

 晴明と保憲とは顔見知りらしいその老爺は、りいを見ていぶかしげな表情を浮かべた。

「ええ、実は…」

「いいえ!私はただの供の者です。陰陽寮とは関係ございません」

 晴明がしれっとうそぶくのを、りいは力一杯遮った。

(これ以上ややこしいことになったらどうするんだ!)

 晴明が不満げな視線を寄越すが、無視を決め込む。


「そうでございましたか。私は藤原様に仕えております佐藤と申します」

「あ、どうも…利花です」

 供の者だと告げたにもかかわらず丁寧に名乗られ、少し意外に思う。


 りいの名乗りを聞いたあと、佐藤と名乗った老爺は保憲に視線を移した。

「…奥で主人が待っておりますが、その…」

 つまり、りいの扱いについてだろう。

 都有数の貴族。普通に考えて、身分もなく陰陽師でもないりいが会える相手ではない。

「私はしばし下がっておりますゆえ」

 佐藤が言いづらそうにするのを見かねて、りいは口を挟んだ。

「構わぬな、晴明?」

 晴明も仕方ない、といったふうに頷く。


 佐藤はほっとしたように表情をゆるめた。

「申し訳ありませんが、そうしていただきたい…代わりといってはなんですが、廊と庭は好きに歩いて頂いて構いません。橘が見頃ですぞ」

 人が好いのだろう、すまなげな表情を浮かべている。

 実のところ、供など、待っていろと言われれば、部屋の外で微動だにせずに待っているものだ。あまりに待遇が良い。

 りいが戸惑いまじりに保憲に目をやると、彼は頷いた。

「行ってくると良い。長くなるやも知れぬからな」

「刀振り回してせっかくの庭を台なしにしないようにね」

 横から晴明が茶々を入れる。

「そのようなことはせぬわ」

 柔らかな笑顔に仏頂面を返し、りいは席を立った。

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