道摩の娘
 晴明と保憲が奥に呼ばれ、りいは手持ち無沙汰に庭に出た。

 やや人工的なきらいもあるが、見事な庭ではある。

(橘が見頃と言ったか)

 肝心の橘がどこにあるのかわからないが、時間つぶしも兼ねてのんびりと歩いていく。

(しかしまあ、花だらけだな…)

 手入れは行き届いているが、花など申し訳程度な安倍邸を思い出す。かえって広々としてりいには有り難いのだが。

(この半分でも野菜だったら…ん?野菜?)

 考えを巡らせると、どんどん思考がずれていく。

(…そうだ、安倍邸の庭の片隅をお借りして野菜を作ったらどうだろう?)

 それは我ながら名案に思えた。 帰ったら真鯉に話してみようと決めて、りいは歩を進める。


 最早花など目に入っていないりいの目の端に、ちらっと何やら鮮やかな色が写った。

 思わずそちらを見ると、木陰から絢爛たる錦が覗いていた。

(あれは、たしか)

 超子姫が着ていた衣装である。

(姫ぎみがこんなところで何をしていらっしゃるのだろう?)

 疑問に思い、りいはその木のほうへ近付いた。


 超子は心ここにあらずといった様子で膝を抱えていた。

 座り込んでいるものだから、衣装の裾や、長い黒髪が無残にも地面に広がっている。


「…あの、超子様」

 りいの声に、超子はびくりと肩を震わせた。

「…またお前なの」

 嫌そうな顔だ。

「……はあ、すみません」

 そういえば先程無礼者と何度も罵られたっけ、と今更思い出す。

 超子は苛立ちを隠そうともせず、きっとりいを見た。

「何か用でもあるの!?」

「え、いや、気になさらないならいいんですが」

「だから何よッ!」

「御髪(おぐし)の先に毛虫がついておりますが」

 超子の顔が一気に強張った。

 ばっと振り向いて髪を見、そこを這っている毛虫を見つけて真っ青になる。

「いやああああっ!とって!とりなさいよ、早くッ」
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