道摩の娘



 …それから、早数日。

 晴明は未だ寮に詰めている。

 まだ肩は包帯でぐるぐる巻きだが、りいはなんとか立ち上がって歩くことを許された。

 とは言え、庭で剣の稽古でもしようものなら、すかさず誰かがすっ飛んで来て刀を取り上げるのだが。

 特に最近は藤影が屋敷の精霊たちとの連携を強めていて厄介である。


「…腕が鈍る」

 りいが松汰相手にこぼしていると(ちなみに、松汰もりいの鍛練を邪魔しに来たのである)、見覚えのある鳥が飛び込んできた。

 晴明からの文である。

 よほど急ぎと見えて、いつものような綺麗な紙ではなく、その辺りの料紙に走り書きしたような字だ。

「…何これ、どういうこと?」

 覗き込んだ松汰が顔をしかめるのも無理はなく、そこには急ぎ出かける支度をするように書いてあった。

「お兄、何考えてるんだろ?りいお姉はまだ怪我が治ってないのに…」

「…俺だって外に出したいわけないよ」

 返事は意外なところからかえって来た。

「晴明?お前いつ…」

 りいが振り返ると、晴明が苦虫を噛みつぶしたような顔とはまさにこういう顔ですと言わんばかりの表情で立っていた。

「今。急いで帰って来た」

 問いに答えつつも、晴明は「これだから貴族は」「勝手すぎる」などとこぼしている。

「…晴明。話が見えない」

 とりあえず晴明の貴族嫌いと、美形の怒りの表情は恐ろしいということだけはわかったが。

 晴明ははあ、とため息をついた。

「こないだ言ったように、今、都の警戒を強めてるんだ。で、今日は俺が藤原様の担当なわけ」

「ああ、この間の」

「そう。…っていうかりい、一体何したわけ?りいを連れて来いって直々にお達しが」

「なんだと!?」

 これにはさすがにりいも驚きを隠せない。

「大貴族相手に無下に断れないし…本当に何したの、りい」

「えっ、いや…もしかして私のような者が姫に話しかけた無礼が問題になったのか…?」

 蒼白になる、りい。

「まさか晴明にまで何か処分があったら…」

「いや、そんな莫迦な」

 否定しつつ晴明も訝しげである。

「…とにかく、急いで支度して。無礼にならない程度の格好で」
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