道摩の娘
「ああ…私は本当に何をしてしまったんだ…すまない晴明…」

 歩きつつ頭を抱えるという器用なことをこなすりいに、晴明は呑気に笑いかける。

「いや、まあやっちゃったことはしょうがないよ」

「しかしだな…」

「大丈夫大丈夫、打ち首とかにされそうになったら俺がなんとかしてあげるから」

「ううう打ち首いー?」

 戦くりい。

 晴明はのほほんと笑っている。

 …完全に遊ばれているが、本人は真剣である。懐で藤影の木札があきれたように震えた。


 りいの装束は晴明のお下がりの中でも最も立派そうな狩衣である。

 先日は諸事情で、というか晴明のせいで、普段着のまま参上してしまったが、名指しで呼び立てられたとなればそうは行かない。

(う、打ち首にされたらこの立派な衣が汚れてしまう…)

 ずれた方向に悩んで呻き声をあげるりいを晴明は面白そうに眺めていた。


 そんなことをしているうちに、さほど遠くもない藤原邸に到着してしまう。

 緊張で固まっているりいをよそにどんどんと物事は進み、二人は奥の間に通された。

「あのね、りい…そんなにガチガチにならなくても取って食われたりしないから。…たぶん」

 さすがに真っ青なりいがあわれになったか、晴明が適当に励ます。

 だがそれも効果はない、否むしろ逆効果。

「晴明…短い間だったが色々ありがとう。感謝しているよ。そうだ、最後だから言っておく。私はこんな格好をしているが実はお…」

「利花の君っ!」

 はかなげな笑みを浮かべて別れを告げはじめたりいの言葉が、鈴を振るような声に遮られた。
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