道摩の娘
「晴明ッ!」

 思わず身をひねって怒声をあげた瞬間に、治りかけの右肩が疼いた。

「痛っ」

 肩を押さえるりいに、超子が目を丸くして寄り添う。

「利花の君!どうしたの!」

「…怪我が、治りきっておりません故。申し訳ありませぬ、お見苦しいところを…」

「いいえ!ごめんなさい、そんなこと知らないでわがままを言って…!」

「いやそれその子があんまりおばかさんだから何度も傷開かせてて治りが遅いだけですけど」

 晴明がまたも冷静な指摘。

 しかし超子の耳には届かない。

「無茶しないで…心配だわ」

 目に涙を溜めた超子に袖を握りしめられて、りいはまったくどうしていいかわからないままに硬直したのだった。

 背後ではまた晴明が吹き出していた。





 ややあって、夕刻。

 晴明とりいは並んで藤原邸のだだっ広い庭を歩いていた。

 別に遊んでいるわけではない。

 綻びた結界を張り直しつつ、あやかしを警戒している。

 実際のところその作業にりいは必要ないのだが、中に一人取り残されて気まずい思いをするのは嫌だ。

 超子には引き止められたのだが、「私も姫をお守りする役に立ちたいのです」と伝えると理解してくれた。

 …なぜか、ほんのりと頬を染めて。


「…うん、それは惚れるよ。俺が女子だったら完璧に落ちるね」

 歩きながらりいの話を聞いていた晴明が苦笑する。

 他に話すこともないので、「りいの超子姫へのご無礼」について語らっていたのだ。

「そうか、落ちるか…って、ええぇ!?」

「えっ、何、ほんとに無自覚にたらしこんでたわけ?」

 驚きの声をあげるりいに、晴明は呆れ顔。

「うわーすごいたち悪い。あのさー、ちょっと自覚持ったら?それなりに格好いい子に真顔で守りますとか男前なこと言われたらやっぱさー…」

「…いや、術師としては当然言うことじゃないか?」

「少なくとも俺は言ったことないよ。…あ、さっきりいに言ったっけ。打ち首の話で」

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