道摩の娘
 もう夜も更けていた。

 晴明とりいは、真鯉に促されてそれぞれの自室へ戻る。


 部屋に入った途端、急に疲れが押し寄せてきて、りいはばったりと倒れこんだ。

 着替えるのも面倒な気がして、上着の狩衣だけその辺に放り出す。

 突っ伏したまま邪魔な髪を解こうとしていると、不意に藤影が騒ぎ出した。

「…なんだ、藤影ぇ…」

 返事をするのも億劫、といった風情のりいだったが、そちらに目をやった瞬間、閉じかけていたまぶたがばちりと見開かれた。

 藤影の嘴には、りいが先程まで来ていた綺麗な狩衣。

 もっと言うなら、その狩衣には金糸のごとき、獣の毛が付着していた。

「なんだと!?」

 眠気もいっぺんに吹き飛んで、りいは跳ね起きた。

 近くでよく見れば見るほど綺麗な黄金の毛である。

 そして…強い力の残滓を感じた。

 比べて見るまでもなく、先日の妖狐の毛と同じものとわかった。

「でも、どうして…?私は今日…」

 りいは記憶をたどってみるが、とくにそのような覚えはない。

 大体、あの妖狐ほどのあやかしが近くに居ればいくらりいでも気づくはずだ。

「…違う、晴明か」

 ふと、晴明に肩を貸して歩いて来たことを思い出した。

 晴明は強い妖気を追っていた。

 ならば、晴明があの妖狐と戦い、その時この毛が付着したと考えたほうが自然だ。

 りいは一度あの妖狐に遭っているが、確かにあれほどのあやかしなら晴明が仕留め損なうこともあるだろう。

(だが…あんな、いかにも気高そうなあやかしが万尋様に操られている…?いくら禁術を使ったからといって)

 考えれば考えるほどわからなくなる。


 りいは毛だけをきちんとしまい込み、あとは思考を放棄することにした。

(どうせ晴明に直接聞いたほうが早い…寝よう)

 やや適当に決めると、りいは改めて寝具に倒れ込んだ。
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