道摩の娘



 結論から言うと。

 確かに、晴明は大変に体が強かった。


 翌日、朝餉の席にごく普通に歩いてきた晴明に、当然りいは驚いた。

「ちょっ、お前…怪我はっ」

「えー?」

 晴明が欠伸を噛み殺しつつ、りいに目を向けた。

「一晩寝れば治るって言ったでしょ、ほら」

 指貫(さしぬき)の裾をあげて、見せてくれた足には、確かに傷や腫れどころか痕さえ見当たらない。

 りいは恐る恐る手を伸ばすが、帰ってくる手応えはうらやましいほどに滑らかな肌の手触りだけ。

 晴明も昨日のように痛がることもなく、のほほんと笑っている。

「…確か、昨日こちらの足を怪我していただろう?」

 眉間にしわを寄せるりいに、晴明はにこにこと答える。

「治ったんだってば。なんなら逆の足も見る?」

「いや…」

(これは…体が強いで片付けられる問題か!?私など肩の傷がまだ治っていないのに…)

「…あのさ、りい。朝っぱらから男の足を撫で回すのはやめようよ」

「あ、ああ…すまぬ」

 無意識に晴明の足をつつきまわしていたりいは、はっと手を引いた。

(なんなのだ、これは…こんな術でもあるのか?いや、まさか…そんな便利な術があるなら皆に知られているはずだ)

「りい、また凄い顔になってるけど」

「…お前、つくづく腹の立つやつだな」

 ぎろり、と人でも殺せそうな視線を飛ばすが、晴明は何食わぬ顔をしている。


「まあいいや、保憲兄さんがさ、今日は休めって、なんか俺物忌にされちゃって」

「…まあ、怪我をしたのだから当然だろう」

 物忌とは、厄や穢れにつかれた者が、それを清めるために外出を控えることである。

 もちろん陰陽師が物忌と言えばこれ以上の証明はないが…

 平然とずる物忌をする晴明といい、保憲といい、立場を利用して物忌を便利な口実にしている気がするのは気のせいだろうか。

 言われてみればたしかに、晴明は出仕するときよりだいぶ気の抜けた服装である。
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