道摩の娘
 その瞬間の晴明の瞳が、何故か強烈に印象に残った。

 

「…っ、それでも…」

 わかっている。

 晴明は優秀な術師。陰陽寮でも一目おかれているというほどの使い手だ。

 勿論、自分などの実力とは比べ物にならない。

 だが、それで納得できるなら、最初から食い下がったりはしない。

「未熟でも。私とて、お前の盾くらいにはなれる。私とて…置いていかれるのは嫌だ」

 りいは情けなくなる。

 結局幼子のような言い訳しか出てこない。

 どう見ても屁理屈は自分のほうでしかない。

 だが、言いはじめてしまった言葉は止められず、次から次に口を出ていくのだ。

「…お前は、本当に強いから。お前が一人で行ってしまったら、私には何もわからない。お前がぼろぼろになっていたって、私にはわからない。足手まといなのはわかっているが…」



「…心配、なんだ」



 りいの言葉に、晴明は虚を突かれたように目を見開いた。

「りい…」

「お前や式神たちが、私を心配するように、私だってお前のことが心配だ…!いくらお前が優秀な術師でも」

「…」

 晴明が黙りこむ。

 つまらぬことを言って、晴明を困らせている。そう悟って、りいの頬に朱がさした。


「すまない…邪魔をしたな」

 りいは行き場を失った手を力なく下ろした。

 ただただ、自分の弱さが辛かった。

「行ってくれ。無茶はするなよ」

 だが、晴明はその場を動かない。

 不審に思ったりいは、ちらりと視線をむけた。

 晴明は、驚いた表情のままに固まっていた。二、三度、なにか言おうとするが、結局口を閉じてしまう。

「…ありがとう」

 ようやく、その一言だけを口にして、晴明は小さく笑った。

 りいに手を伸ばす。

 その綺麗な指に掬いとられてはじめて、自分が目に涙を溜めていたことに気付いた。

 再び、りいの頬が羞恥に染まる。

「りい、」

 晴明がりいを呼んだそのとき。 


「主様!どちらです?」

 屋敷の中から真鯉の声がした。
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