道摩の娘
「そうか」

 その場は適当に返事をしたものの。

 
 昼前になって、りいが何気なく庭に出ていると、建て付けの悪い裏門が開く音が聞こえた。

 慌てて行ってみると、案の定晴明である。

 りいを見て、しまった、とでもいうように顔をしかめた。

「待て!…私も行く」

「………え」

 予想通り、嫌そうな声がかえってきた。

「…だってりい、まだ怪我治りきってないし」

「…お前。どうせ昨日のあやかしのことを調べに行くつもりだろう」

 じっとりとした視線を送るが、晴明はいつもの裏の読めない笑顔。

「ただの散歩だよ」

「ただの散歩ならついていってもいいだろう?」

「あのね…」


 晴明が軽く口ごもった隙に、りいはなおも言い募る。

「結界の中に閉じ込めておこうとしてもそうはいかん。道摩の問題は私の問題でもある」

「…りいが危ないことばっかりするから」

 晴明はごまかすのをあきらめたか、小さなため息をついた。


「それはお前もだろう。何かと言うと私に危ないことをするなというくせに、お前は一人で無茶して危ない目に遭って!置いて行かれるほうの身にもなれ!」

「その言葉はそっくり返すけど、とにかく俺は大丈夫なんだってば。傷の治りも早いし」

「そういう問題ではない!!」

 りいは激昂して思わず晴明の胸倉を掴みあげる。柄が悪いのは承知しているが、かっとなるとつい手が出る性分はどうしようもない。

「…」

 晴明が呆れたように小さく嘆息。

 数秒間、互いに無言の状態が続いて。

 興奮したことが恥ずかしくなってきて、りいは目を逸らした。

「りい」

 晴明が驚くほど冷えきった声でりいを呼ぶ。

「その場の感情で簡単に突っ走らないほうがいい。そういうのが一番危ないんだよ」

 それは嫌になるほどの正論。

 りいが思わず返答に詰まる。

 緩んだりいの手を、晴明はいとも簡単に引き剥がした。

「俺は一人で大丈夫」
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