秘密
◇◇◇



「あの…佐野君?…私、降りようか?」

「…いや…大丈夫…だっ…」

「……でも」

「…いいから…そのまま…」

歩いた方が速いんじゃないかと思う程のスピードで、佐野君が漕ぐ自転車は、ノロノロとゆっくり坂道を登っていく。

この坂道の向こうに佐野君が通っていた中学校がある。

前に来たときはバイクだったからよかったけど、この傾斜のきつい坂道を、自転車の二人乗りで登るのは、いくら佐野君でも辛いに決まってる。

私は自転車の荷台から飛び降りた。

「あっ、降りるなよ」

「いいから、佐野君は漕いでて」

自転車の荷台を掴みそれを押す。

徐々にスピードが出だして私は小走りになり、それでも自転車を押して坂道を登りきった。

「ははは。わり、体力落ちたな、俺も…」

「…はあはあ…でも…はあ…私より…全然…息…上がってないね?はあ…」

今朝、佐野君のお母さんがピンクのシュシュで結ってくれて、ヘアアイロンで巻かれたポニーテールが、片手を膝に前かがみで肩で息をする私の顔の横でゆらゆらと揺れる。

はじめはお蝶婦人?と思われる程の巻き毛に驚いたけど、潮風にあてられて、いい感じに落ち着き、ユルくウェーブしていた。

「そうか?結構上がってるぞ?俺も年取ったよ」

「はあ…17歳に…なったしね…」

「うん。行こうか?乗って?」

再び自転車の荷台に横乗りして、佐野君のお腹に片手を回す。

バイクをアパートに置いてきた佐野君と私は自転車でここまでやって来た。

バイクに乗れなかったのが残念だった私は、思いがけない佐野君との自転車の二人乗りに、嬉しさでいっぱいだった。

佐野君の背中に頬をあてると、潮風と佐野君の香り。

高台から見えるキラキラと輝く水平線。

いつまでもこうして居たいけど、自転車は正門を抜けて駐輪場にたどり着いた。

自転車ドライブは修了してしまったけど、早くリョータ君達に会いたい。

「行こう」

「うん」

佐野君と体育館に近付くと、すでに練習は始まっているみたいで、掛け声とキュッキュッと床を擦るバッシュの音が聞こえてきた。



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